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闐信寺にて佐竹義重のお墓参り

角館から日本海に向けて車を走らせ、秋田市にやってきました!
佐竹のお膝元で、まずは鬼義重のお墓参りをすべく、闐信寺へ。

闐信寺「てんしんじ」って読むんだけど「闐」の字が変換で出なくてさ。
門構えに眞って書く字だけど、なんと環境依存文字なんだって。不便よね。

で、不便と言えば漢字だけじゃなく、お寺もホントにわかりづらくって。
ナビにズバリでないし、道は狭いわ一方通行が多いわで車はハードル高し!

やーーーっとたどり着いた瞬間


結局、車を置いて徒歩でたどり着いた・・過去最高に分かりづらかったかも。
闐信寺は1613年、佐竹義宣が父義重の菩提を弔うために建立したお寺です。

こじんまりしていた瞬間


仁王像は珍しい石造り。山門の扁額が取れちゃってるのが切ない(*°∀°)=3
久保田三十三観音二番札所らしいんだけど、案内とかもなく色々ひっそりしてます。

ひっそりすぎた瞬間


門をくぐるとすぐ目の前に墓石が並んでて、その奥に小さな本堂が。
情報が少ないお寺だから、話を聞きたかったけど誰もいなくて残念だったな。

地味すぎた瞬間


義重さんのお墓は本堂左奥。案内がないので調べてないと分からなかったかも。
亡くなった時は天徳寺に葬られ、後にこちらに改装されたものらしいです。

ふんわり合掌しておく瞬間


扉には隙間がなくて中は見えません。こちらには義重さんのお墓だけじゃなく、
一族や家臣の墓碑もあると聞いたんだけど、霊屋の近くにそれっぽいのはなし。

義重は常陸の大名、佐竹家18代当主。16歳で家督を継ぐと近隣大名をはじめ、
伊達氏や北条氏とも戦いを繰り広げ、佐竹家の全盛期を築きあげました。

「鬼義重」の異名を取るほど勇猛な武将ながら政治力にも優れており、
天正14年 (1586) 、40歳で嫡男義宣に家督を譲った後も実権を握ると、
小田原攻めに義宣を参陣させ、秀吉から本領安堵された後、隠居しました。

関ヶ原の戦いでは、石田三成と親しい義宣と東西どちらにつくか対立して
出遅れた結果、日和見と見られ、常陸54万石を没収の末、秋田20万石へ転封。
慶長7(1602)年4月19日、鷹狩中の落馬が元で死去しました。享年66歳。

フラッシュはやめておいた瞬間


中見れないのかって、さりげに霊屋の横に回ったら床の方に小窓があいてた!
ん〜アレきっと墓碑だよねぇ・・薄暗くて全く分からなかった(*°∀°)=3


有名な武将のお墓だけど超ひっそりすぎたな。場所もハードル高かったしね。
でもお参り出来たから満足! 次は佐竹家の廟所にお参りに行きます!


天徳寺にて佐竹家廟所に参拝!〜に続く



Writen by あも Love城! Go!名所旧跡


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2019.03.01 Friday 16:06 | comments(0) | trackbacks(0) | 武将の墓所と出生地 | 

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2020.02.14 Friday 16:06 | - | - | - |