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2020.02.14 Friday  | - | - | - | 

津山城に登城!

日本100名城67番 津山城に登城!

…と行きたいところだけど、腹が減っては戦ができぬ。
早朝7時から鬼ノ山、備中松山城と登山続きで餓死寸前よw

超〜ガツガツしていた瞬間
十一寿司さんといち御膳

津山城下にある十一寿司さんでお昼ご飯を食べることに。
テレビで紹介されるほど桜さば寿司が有名なお店だっつううのに、
あれこれ食べたいおばちゃん風にランチ御膳を頼んじゃう感じでw

大きな勘違いだった瞬間
津山城 大戸櫓跡櫓台が見える側入り口

城が呼んでいる気がしてお昼を食べて大急ぎで津山城へ。
敷地周辺に入ってすぐに見えた石垣に誘われてその前の駐車場へ。

えっ!? 入り口、超〜しょぼくない?

…よく見たら閉鎖された裏口だったΣ(゚Д゚)!

結果、間違えてよかった瞬間
津山城 大戸櫓跡櫓台

後から思ったことだけど、始めにこっちに来ていなければ、
中からはこの角度の大戸櫓台の石垣は見ることができない。
普通の入り口からすんなり入っていたらこの角度で見えること気づかず、
城内の風景だけで登城を終えてしまっていたかもしれない。

おかげで草ボーボーだったけれど、この石垣の横にある薬研堀も見れましたw

気を取り直してちゃんと登城の瞬間
津山城

あらためて…ゴホン。日本100名城67番 津山城に登城!

津山城は関ヶ原の功で美作一国18万6,500石を領し入封した森忠政が
13年の歳月をかけて鶴山に築いたお城で、鶴山(かくざん)城とも呼ばれる。
明治の廃城令後、建物は取り壊され城跡も荒れ放題だったところ、
旧藩士が中心となって保存運動が行われ、公園として整備されたという。

居場所に戻れてよかった瞬間
津山城

入り口の前には立派な石垣に沿うように色々なものが置かれている。
ひとつはこの「忘れ去られた石」。築城当時、切り出されたものの、
石垣として使われず平成15年、石切り場の近くの川底で発見されたそうだ。

こういうのがごろごろ切り出され、曳かれて積まれたのねぇ…

などとその情景を勝手に妄想し、とりあえず石をペトペト撫で回すw

忠政君 控えめに初代藩主を主張していた瞬間
津山城

津山藩初代、森忠政の坐像も「忘れ去られた石」の隣にあります。
美少年「森蘭丸」を思い描く歴女が見たらぶっ倒れそうなビジュアルw

…はて、こんな顔のおすもうさんがいたような?

津山城は思うよりずっと立派なお城だった瞬間
津山城

津山城がどんなに立派なお城だったかの説明も設置されています。
古写真では見たことあるけど、全景を絵で見ると改めて規模に驚き。
津山盆地の中央にどーんとそびえる姿はさぞや立派だったはず。

緑じゃなくって桜色だったら…だった瞬間
津山城

入り口の冠木門跡から枡形を通りぬけると三の丸の中表門跡。

てか、どこの城行っても夏の登城は木も草も青々と生い茂っちゃって…

観光写真のパンフレットなんかだと、この両脇は咲き乱れる桜ですごいのよ。
桜の名所の城ほど、なぜか真夏に行ってる気がする今日この頃(´Д`)

登山2連発でいい加減、足がガクガクしちゃってるので、
平山城とはいえ万全を期し、ここでも杖を頼って歩くことにw

桜の木ばかりに目がいく瞬間
津山城

中表門跡通って備中櫓に行く道々、ここは見附櫓付近の石段。
あああ…あそこに桜が咲くんだね。桜のトンネルを通れるのね…
城に桜はつきものだけど、桜の名所となるとなんだか惜しいw

備中櫓どーーん!だった瞬間
津山城

2005年に復元された備中櫓は本丸から張り出した石垣上に建っている。

当時は城下からの景観も含め、天守に次ぐシンボル的な建造物だったらしい。
建造物としては櫓(矢倉)でありながら、御殿として機能していたようで、
城主らの生活空間だったと推定、内部は御殿風に仕上げられている。(byパンフレット)

入り口…遠ーっ!だった瞬間
津山城

二の丸から見上げる備中櫓、目の前にあるけど入り口はもっと上。
けっこう高くそびえているよ…まだぐるーっと迂回しないと入れない。

ということで二の丸から切手門跡を見やりつつ…ってちょっと!!
やっぱり津山城もパイロンが置いてあるじゃないの!! 1城1ポイントの法則。。

表鉄門跡を通ればやっと本丸だった瞬間
津山城

だいぶ迂回させられてるわね…迷路のような城の構造恐るべし。
おまけに本丸に近づくにつれ、道幅も狭くなってるのよね。

やっと備中櫓にたどりついた瞬間
津山城

同じ高さで見ると単なる建物で、そこはやっぱり復元だし味気ない。
こういう感じの歴史資料館とか見たことあるような気すらしてくるw
備中櫓はやっぱ張り出した石垣の上にどーんとそびえる姿あればこそ。

気持ちはわかるけど「火気厳禁」の看板もちょっくら微妙な立ち位置…。

あんまり見たことない櫓だった瞬間
津山城 備中櫓内

一般的な梁丸出しの無骨で素っ気ない櫓と違い、
備中櫓は絵図によると全室畳敷き、天井張りという構造で、
「御座の間」や「御上段」などの部屋も存在していたという。

そんなわけで2階には「御上段」の空間が再現され、他も全部畳敷き。
ただ木材も畳も新しすぎて、部屋によっては高級旅館ぽいんだけどw

鼻息荒く天守台に向かった瞬間
津山城

備中櫓は二の丸から見上げてありし日の姿を妄想するもの!
と結論が出たところで、次は遺構である天守台に向かうことに。
備中櫓の隣にある、新しめな5番門を通って行きます。

石垣と一緒でなけりゃ!だった瞬間
津山城

天守台曲輪から見た備中櫓。やっぱ石垣とセットが迫力w
扇の勾配がとっても美しいの。

けっこう芸が細かかった瞬間
津山城 天守台

同じく天守台に向かう通路から見た備中櫓の塀裏側。
5番門から入るとこの小さなスペースを通路として歩き、
天守台を見に行くのでこういう丁寧さな演出は大事w

ちなみに天守までの道も折れ曲がって迂回気味です。

古写真を思い出し、在りし日の姿を妄想した瞬間
津山城 天守台

5層の天守を中心に多くの櫓がひしめくように建っていた津山城。
持っているお城の本に載っている明治初期に撮られた古写真を思い出し、
「ここにあの天守がねぇ」などと知ったような風を思うw

幕府が認めていたのは4層天守。しかし忠政が作ったのは5層天守。
隠密にチクられて幕府に詰められた忠政は4層目の瓦をはがし、
庇だけの状態にして「絶対に4層だ!」と言い張って咎めを免れた。

忠政君…銅像で判断して悪いけど、おすもうさんみたいな顔して
さすが森家の血筋。やっぱやる時はやるのねw

どんと構えた備中櫓の背後にさらに大きな5層の天守がでーんと見える姿は
どんなに壮観だったことだろう。古写真とか模型じゃなくて見てみたい。

津山市ホームページに現存する全部の古写真が載っていました

天守台跡にしばし妄想の瞬間
津山城 天守台

明治まで立派な5層天守が建っていた津山城。
古写真には内部を撮ったものは残っていないらしいけど、
天守台の穴蔵部分を見て古写真の外観を思い出すと妄想は楽しめるw
石垣と少しぼろ崩れた石段の感じが何ともいえないw

本丸はけっこう広かった瞬間
津山城

天守台と本丸は石垣で仕切られていて通路同様とても厳重。
広めな本丸には当時、31の建造物、15棟の門があったそうな。

お約束の武者走りもあった瞬間
津山城 天守台

この上に当時は矢切櫓があり、向かって左には月見櫓が、
そして右には鐘を設えた太鼓櫓が残っています。

秀吉じゃないけど有馬温泉だった瞬間
有馬温泉

1泊2日の強行ツアー。倒れてもいい覚悟ならもう少し行けるけど、
何しろ前夜21時からの旅路…今日はこのくらいで勘弁してやらぁw

というわけで津山城から一路、本日の宿、有馬温泉へ移動100キロ…。
有馬温泉を選んだのは明日の登城に便利だからであって、
別に秀吉を意識したわけではない。

疲れた体に鞭うった瞬間
有馬温泉散策

あもの旅行はガツガツ城オンリーのため、移動を含め日程は分刻みΣ(゚Д゚)!
どんなに遠出しても城下散策でお土産なんて買えやしない。
会社へのお土産はたいていSAか旅館の中または付近で適当になるw
今回は有馬名物「炭酸せんべい」をどーんとお買い上げで終了。

登城の次の楽しみだった瞬間
有馬温泉 中の坊夕食

鱧だ!鱧だ!鱧だーーー!! あもは鱧が大好き!!
以前には鱧を食べにわざわざ京都に行ったことがあるくらいだw

ガツガツ食べてガブガブ呑み、明日の登城に備えなければ。

中の坊翠園なんていいとこ泊まったのに食べてすぐ寝て、
8時半のチェックアウトで4登城…まずは洲本城に向かいますw




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