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龍野城に登城!

仕事を終えてすぐ夜通し走り続けた挙句、初日は登山ばかりの1泊2日、
さすがに7城目ともなると体力気力ともに限界が近づいてくるわね。

最後の力を振り絞って龍野城に登城!の瞬間
龍野城 埋門

赤穂城からご近所の龍野城へ、行きがけの駄賃的に登城Σ(゚Д゚)!
さすがに鶏籠山に登って山城期の遺構を見る元気は残ってないので
さくっと平山城の部分だけ見て龍野城はコンプリートとすることにw

現在は規模の小さなお城なので、まずは数少ない見どころのひとつ、
復興された埋門(うずみもん)で龍野城の雰囲気を堪能しましょう。

先を急いだ瞬間
龍野城 埋門石段

復興なのにやるわね・・などと生意気な感じで埋門をくぐり、
枡形を見やりつつ、左手の石段を登る。と、すぐ本丸御殿の屋根が。

おもむろに本丸御殿がどーん!だった瞬間
龍野城 本丸御殿

いきなり本丸御殿w 車寄せ大唐破風造りというらしい。
絵図などで考証しながら復元された建物なのだという。

龍野城は室町時代中期、鶏籠山(けいろうざん)山頂に赤松村秀が築いた山城と、
今に見られる平山城の二期に分けられ、山城は古龍野城とも呼ばれる。

赤松氏が1577年(天正5)秀吉に城を明け渡した後は次々と城主が変わり、
1672年に脇坂安政が5万3千石で入封。本丸御殿を造って山麓居館のみ整備し、
5万石の大名としてはこじんまりとした陣屋式の平山城になった。別名は霞城。

隣の晩ご飯のヨネスケ並みの図々しさが欲しかった瞬間
龍野城 本丸御殿

受付の横にはさりげなく赤い甲冑が置かれている。
説明書きが読めなかったけれど脇坂家の家紋である「輪違い」
の赤い旗が見えるから脇坂公を盛大にアピールしているものと思われる。

新聞紙で作った兜に用はないけど、レプリカでも一応そばで見たいな〜

と思って中を覗いたら管理人らしきおじさん、すでに接客中。
自由に中に入って建物内を見学することもできるのだけれど、
訪問者の数人が入り口でやけに盛り上っていて入りづらいのと、
いい加減、日暮れも近づいていたため、御殿訪問は断念・・。

本丸御殿に首をかしげる瞬間
龍野城 本丸御殿

脇坂家といえば関ヶ原で現場で東軍に寝返った外様大名だけど、
婚姻でウルトラC2連発を繰り出し準譜代格に。破格の栄華を得た家よ。

赤穂城受け取りに行ったのも名前は忘れたけど脇坂さん。
幕末近くに外様で唯一、老中職に就いたのも脇坂さん。

5万石で覚えめでたい家柄なのになんでこじんまりした陣屋式?
きっと幕府に毛ほども疑われないよう相当、神経使ったんでしょうね。

ちなみに御殿の後ろに見えるのが古龍野城のある鶏籠山。

脇坂万歳!だった瞬間
龍野城 石垣と登城路

搦め手門?になるのでしょうか。瓦は「輪違い」だらけ!!
明治まで続いた脇坂さん、地元で愛されてるんでしょうね。きっと。

本丸を出てこの門をくぐると、埋門と並ぶ見どころがお目見え!

振り返っても上見ちゃダメだった瞬間
龍野城 石垣と登城路

登城路を降りていく途中、搦め手門をちょっと振り返る。
復元とか模擬とか言われるけど雰囲気はあるわよ。
でもまだ上の方見ちゃだめ!! 櫓は見どころについたらよ。

模擬とはいえ佇まいは絵になっていた瞬間
龍野城 二階隅櫓

二重の隅櫓は模擬だというけれど違和感なくていい感じだよ!
石落としもあって芸が細かいし、こじんまりした唐破風も美しい。
龍野城というと埋門とこの隅櫓の写真がよく使われるけど、
ワタクシはこの隅櫓と横に続く城壁が様になるこっちのが好き。

ただーし、残念なことがひとつ。


登城路降りてすぐのところに路駐するのやめてもらえませんかねヽ(`Д´)ノキー!


登城路と隅櫓と城壁と後ろにそびえる山が綺麗にフレームに収まる
素敵な立ち位置があるのに、そこに立つと車が入っちゃうのよ、車が!



1泊2日で登山2を含む破竹の7登城はこれにて終了。ハードだったわぁ。




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2010.09.09 Thursday 22:26 | - | - | 近畿(兵庫県) | 

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2018.11.16 Friday 22:26 | - | - | - |