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岩槻城に登城!

地味に・・・岩槻城に登城!

関宿城逆井城行こうとしたらナビが真横を案内するんだもんw
こりゃ〜わざわざ来るに及ばぬと思って急遽、登城決定!

ひっそり地味すぎた瞬間
岩槻城黒門

城址公園になっている岩槻城跡。元はといえば自分のいた場所なのに、
移築された今じゃ広い公園の隅っこにひっそりと佇む岩槻城の黒門。
長屋門形式の現存だけど、どこの門か不明だというから気の毒だわ。

地味度、上には上がいた瞬間
岩槻城裏門

裏門と呼ばれている移築門。やっぱりどこの門だか不明なんだって。
不明なのに移築って・・・いったいどっから持って来たのよ?
はなから見るつもりで行かないと、うっかり見逃しそうな目立たなさよ。

悲壮感さえ感じた瞬間
岩槻城裏門の裏側

廃れていく美学とか滅んでいくものの美しさとかあるけれど、
これは違うよね・・・裏門のその裏側そうとう傷んでいる感じよ。
教育委員会もうちょっと頑張った方がいいのでは、と少し思う。

ちょっと想像しがたかった瞬間
岩槻城城郭図

岩槻城は太田道灌が築城したと言われ、上杉方の重要拠点とされていましたが
後北条が勢力を拡大すると争奪戦の舞台となり結果、北条家の直轄となります。
近隣の城が北条によって落とされる中、反北条を貫いていた太田資正が、
留守中、北条に内応した息子の裏切りによって追放されるという幕引き・・。
その後、城は大改修されるも小田原の役で2万の軍勢に囲まれ降伏開城しました。
江戸時代には高力清長が2万石で入り、以来、幕府要職に就く譜代大名が入封しました。

岩槻城は岩附城とも言われ、戦国時代に何度も名前が出てくるお城。
城郭図を見ると沼地を利用した城の敷地はずいぶん広かったみたいだけど、
今、城址公園として残ってるのはこの図の右端の方の部分だけ。

時の鐘、住宅街にこれまたひっそりだった瞬間
時の鐘

岩槻ではお菓子の名前にもなっている有名な時の鐘。
1671年に当時の城主、阿部正春によって鋳造されたそうだ。
今の公園からはけっこう離れている時の鐘を見に行って、
当時の岩槻城の広さが思っている以上であることを体感。

本丸跡は車で通っただけだけど公民館やスーパーになってるし、
他の場所も都市化が進み、ほとんどは普通の住宅街Σ(゚Д゚)! 

戦国時代に名前がかなり出てきてもそれなりのドラマがなかったり、
有名な武将がいたりしないと案外、そんなもんだよね。さみし。

岩槻城の行く末が心配だった瞬間
新曲輪碑

遺構の少ない岩槻城唯一といっていいくらいの遺構ゾーン近辺。
それを示す「新曲輪」の碑がゴミ集積所の目印的な感じにΣ(゚ロ゚;)!

・・とはいえ所詮あもはより道の身。気を取り直して行きますわ。

唐突に白鶴城址碑どーんだった瞬間
白鶴城址碑

ゴミ集積所の目印的にされていた新曲輪の碑から降りていくと、
「ふるさと散歩道」と名づけられた空堀がすぐに見えてくる。
ごっつい空堀地帯を後回しにして城址碑のある鍛冶曲輪跡へ。

白鶴の吉端により築城されたと言われる岩槻城の別名は白鶴城。

それはいいけど何の脈絡もなく城址碑がどーんのポツーン…やっぱさみしw

沼の名残りと言われてもピーンと来なかった瞬間
岩槻城沼の名残り

・・・池ですよ。ワタクシには普通に池。変な橋があるから余計に。
でも城郭図を見ると城の周りは全部、こんな感じだったのよね。
沼に囲まれ背後は元荒川、そして北条の総構え・・強そうな縄張ではあるw

妙に派手派手しかった瞬間
岩槻城八ッ橋

遺構は隅っこに追いやられて地味なことこの上ないのにw
8つの折れがあるから八ッ橋なんだって。でも城とは関係ないらしい。
水辺の風景としては赤が映えてとっても美しいけどね。

ふるさと散歩道で満足の瞬間
鍛冶曲輪空堀

城址碑の後にわざわざ池へと周り、最後まで取っといた空堀ゾーン。
その名もこだわりの「ふるさと散歩道」ね。犬の散歩がいないのはラッキーw
地味だ地味だといいつつ馬出しなんかはちゃーんと残っていたり。

残念ながら分かりづらかった瞬間
岩槻城障子堀

北条さんお得意の堀障子なんかも残っているんだけど
残念ながら・・・エッΣ(゚ロ゚;) 土管って何よ状態w
案内板なかったらうっかり見逃しかねない危うさよ。

おかげでよーくわかった瞬間
岩槻城堀障子

高さ90って…ずいぶん思い切って埋めちゃったのねぇ。
おまけに土管まで・・・てか、ほんと土管って何よ?
畝の再現だとしたらあまりにしょっぱすぎる!! 
せめてもうちょっとでかい土管つかえばいいのにw

空堀の深さはとても堪能できた瞬間
空堀

新曲輪と鍛冶曲輪の間にある空堀は楽に3メートル以上あるこの深さ!!
当時はもっと深かっただろうから・・などとしばらく佇んで妄想する。
ふるさと散歩道ブラボー!! 数少ない遺構、この先も大切にしておくれ。

背後からの侵入は不可能だった瞬間
岩槻城近くを流れる元荒川

本来の目的は関宿城と逆井城のため岩槻城はそろそろお暇。
城を出てほどなく背後を守る元荒川を車で渡ったので信号待ちにパチリw
当時の流れとは違っているだろうけど川幅そこそこあるし水量も多め。
城の背後が守られている様子は城郭図を思い出すとよくイメージできるな。

小田原の役の時、どう攻められて降伏開城したのか、
岩槻城についての詳しい経緯をワタクシは知らないし、
縄張を見て色んなことを読み取る力もまだないけれど、
小田原やられちゃったから的な感じだったのかと思う。
そんなに簡単に攻めこまれちゃうようには見えなくて。

ま、何にせよ、行きがけの駄賃で岩槻城登城ラッキー!
次は本来の目的地である逆井城に向かいます。(まだ朝8時ww)



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2010.09.14 Tuesday 21:46 | - | - | 関東(埼玉県) | 

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2020.02.14 Friday 21:46 | - | - | - |