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林泉寺にて上杉謙信のお墓参り

[上杉謙信] ブログ村キーワード

林泉寺に行く前、やっぱり大手道の入り口だけは見ておくことにしました。
林泉寺とは逆だけど銅像前の茶店駐車場からすぐの大手道駐車場へ移動。

やっぱりちょっと迷った瞬間
春日山城 大手道

道に迷ったんじゃなく、大手道歩いてみるかどうするか・・

春日山城周辺には主要な場所に茶色いポストがあり、ガイドマップが入っている。
でもスタートした茶店駐車場の入り口にあるポストには1枚も入っていなくて、
結局、持参した地図を頼りに歩いたあも。散策で困ることはなかったけれど、
せっかくだから記念にもらって帰りたかったわ〜と思ったらここでゲットw

ガイドマップを広げて見てみる・・・結構、距離あんじゃない?

優柔不断だった瞬間
春日山城 大手道

謙信が出陣時に使ったという復元された大手道だけ歩きたいのよワタクシは。
でも復元された部分はほんの100mくらいだし、番所跡はさっき見てるので・・

行列のできる水汲み場だった瞬間
春日山城 御前清水

大手道駐車場の横にある水汲み場。駐車中の車はワタクシだけなのに、
次々に車がやってきて、ペットボトルやタンクに水を汲んでいく。

林泉寺ガラガラでひと安心だった瞬間
林泉寺惣門

9時ちょうどに林泉寺到着。数人×数組しか人がいなくてラッキー♪
人気スポットで並ぶこともあるくらい混む時があると聞いていたけど
早起きは三文の得というか、日の出ととともに動き出すとスムーズ。

謙信によって春日山城から移築された唯一の門である惣門も
人待ちすることなく好きな場所からゆっくり撮ることが出来ました。

撮りたい放題だった瞬間
林泉寺山門

記念写真とか撮る人とか粘って待たなくていいなんて夢みたいw

上杉謙信建立の山門。江戸時代末期に地震で消失したのは残念。
現在の山門は大正時代に再建されたものなのだとか。
山門には表と裏それぞれに謙信直筆の大額が掲げられています。

表側の大額「春日山」
山門大額

謙信は7歳から14歳までの7年間をこの林泉寺で過ごし、
六世天室光育和尚の元で厳しい薫陶を受けて育ちました。
上杉家を相続して春日山城主となったのは19歳の時のこと。
その後、七世益翁総謙和尚から禅の奥義を学んだ謙信は山門を寄進し、
自ら揮毫した大額を掲げたのと言います。

裏側の大額「第一義」
山門大額

武将の書いた古文書を目にする機会は割とあるけれど、
漢字だらけの草書だから字体の持つ雰囲気が分かりづらい。
専門知識がないと読めないなんて外国語見てるのと同じだから、
好きな武将の直筆だとしても何だか急に距離を感じるもの。

でも楷書で書かれた謙信の文字は身近に思えてとてもいい!
堂々とした字に見えるわ〜とか自分で感想が持てるのもいい!

あまりお寺っぽくなかった瞬間
林泉寺本堂

新しい本堂?本殿? 普通のお寺とはちょっと違う感じがする。

9時と同時に入った他の人たちは宝物館に直行している模様。
人のいない今のうちに謙信のお墓詣りをしちゃうのよ!!

謙信はVIP扱いだった瞬間
謙信墓入り口

上杉家会津移封後に入った堀家や榊原家の菩提寺でもあるんだけど
墓所の入り口は「謙信公御墓所入り口」と書かれた碑がどーん!!

厳かな雰囲気が漂っていた瞬間
謙信墓所

生涯修禅に励み、49歳で生涯を終えた謙信のお墓は凛とした佇まい。

謙信のこの地に葬られ、その後、景勝の移封により米沢へ移されたため、
遺骸は米沢の上杉廟所に埋葬されているというけれどお墓は偲ぶためのもの。

野の趣が感じられる墓所で、木漏れ日の中に建つ苔むした墓石・・・
自分が思う謙信のイメージと重なる。心の中で思いを馳せてしばし合掌。

合戦の様子を妄想した瞬間
川中島戦死者供養塔

川中島合戦は地形や両軍の動きを詳しく知っている戦のひとつ。
謙信と信玄が直接対決したという逸話も残る八幡原の戦い
まれにみる多数の死者を出した激戦だったと言われています。
名だたる武将の戦は、名もなき将士達の支えや働きあってこそ。
地味に歴史を作ってきた人たちの魂にここでもそっと合掌。

相当ひっそりすぎた瞬間
堀秀政の墓

織田信長、豊臣秀吉に仕えた堀秀政のお墓。

秀政は万事をそつなくこなすことから名人久太郎などと呼ばれ、
蒲生氏郷同様、長生きしていたら相当な出世をしたかもしれない武将。
享年38歳。小田原征伐の陣中で病没したと言われている。
座右の銘は「油断」だったというからきっと暗殺ではないわねw

秀政の墓は堀家が越前北の庄からの移封の際、林泉寺に改葬されました。

堀家のお墓は謙信のお墓がある場所より一段低い場所で、
秀政のお墓は父秀重や嫡男秀治より奥まった場所にひっそり。

謙信のお墓もそうだけど訪れる人が持ってきた花とかは全然なく、
墓所全体もお線香の匂いとか全然しないのが逆にリアルな感じ。

標木がなければ分からなかった瞬間
堀秀重の墓 堀秀治の墓

3人のお墓は真ん中に秀重(写真左)、一番手前に秀治(写真右)と並んでいる。
秀政の父である秀重と嫡男秀治は同じ年に亡くなったといいます。
林泉寺は堀家始め、高田松平家や榊原家から手厚く保護され今に至るそうな。

宝物館はその名のとおりお宝満載だった瞬間
林泉寺全景

正面が山門、右は鐘楼、左手にあるのが歴史資料館である宝物館。
写真撮影は一切禁止だから後で見てにんまりすることはできないけど、
ここでしか見ることのできない謙信ゆかりの貴重な品々がたくさん。

謙信直筆の「春日山」「第一義」の実物に、謙信の木像でしょ。
力強い文字が並んだ謙信直筆の書簡もあったし、毘沙門像もあった。
生前に描かれたものとして唯一の現存してる謙信の肖像画のほか、
甲冑やら軍旗一式やら首桶やら永楽銭やら何やら・・眼福の極みw

始めに宝物館に入った人がちょうど出てきたところだったようで、
ワタクシが入った時には宝物館、しーんと静まりかえった貸切状態!
貴重なお宝独り占め状態でひとつひとつじっくりかぶりつきで見れた。

スタンプ目指してまっしぐらだった瞬間
ものがたり館

次は日本100名城スタンプをもらうため、林泉寺から車で5分ほどのところにある
ものがたり館へ移動。10数台しかない駐車場、ラスト1台で満車・・危なかった。

そんな人気なの?と首をかしげつつものがたり館に入り、受付でスタンプゲット!
ビデオ上映してるから見て行ってくださいと受付のおばちゃんに声をかけられ、
謙信と春日山城のダイジェストでまとめた歴史物語を15分ほど大人しく鑑賞。

帰り際、おばちゃんに挨拶したら「謙信と春日山城展をやっているから、
埋蔵文化センターにもぜひ寄ってください」と懇切丁寧に道まで教えてくれて。

春日山城は全部込みだと相当広かった瞬間
監物堀

ものがたり館隣は城址広場で、復元された堀や土塁を見ることが出来る。
当時はここも春日山城の一部だったのだとか・・・広すぎじゃない!!
ものがたり館の隣に復元された東城砦の監物堀は総構の一部なんだって!

城と離れていてイメージしづらかった瞬間
玉砂利排水路

城址広場は遺構や発掘された玉砂利の敷いてあった排水路とか、
柵が立てられた砦の様子とかよく復元されているんだけど、
春日山城から1.3キロくらい離れているので、ワタクシにはピンと来づらい・・。
はっきりわかるのはとにかく大城郭だったんだということだけΣ(゚Д゚)!

住み心地はあまりよさそうじゃなかった瞬間
堀立柱建物

春日山城では大半の建物が穴を掘って柱を埋めて建てられたそうだ。
建物の土塁側に雨落溝がめぐらせてあり、中に水が入らない工夫がされていた。

おばちゃんのパワープッシュで寄ってみた瞬間
埋蔵文化センター展示

ものがたり館や春日山城からほど近い埋蔵文化センターでは期間限定で
「上越後上越 謙信公と春日山城展」という特別展示をやっていて。

時期が違えば謙信とは全く関係のない郷土関連企画になるらしいから、
ぜひと勧めてくれたものがたり館のおばちゃんに感謝だわw

入るとすぐ天地人関連イメージと思われるレプリカ鎧の展示。
川中島合戦のバーチャルシアターに、謙信関連のパネル展示多数。
大河ドラマのセットや小道具展示にGacktコーナーなんかもあったり。

謙信関連の質問箱コーナーでは「謙信の身長はいくつくらい?」
なんて書かれた箱を開けると答えが見られるようになっていたり・・・
織田信長は170センチ、武田信玄は162センチ、上杉謙信は160センチなんだとか。

謙信、信玄の地元小学生の人気武将ランキングなんかもあって意外と面白い。
それぞれ地元では人気No1なんだけど、周辺小学校全体だと謙信の人気が高く、
信玄って子供にはあんまり人気がない模様・・おっさんぽいイメージだから?

一番、謙信ワールド炸裂だった瞬間
謙信公の言葉

さすがにここは人が多く、バーチャルシアターも誰かがボタンを押した
第4次川中島合戦しか見れなかったし、質問箱も人がわらわらしてるので、
前にいたおばちゃんがたまたま開けた「謙信の身長」クイズだけ見れた。

謙信公祭りで謙信役をしたGacktコーナーも女性中心にすっごい人だし、
大河のセットも大したものはないのに天地人見てたらしき人が何気に多し。
そんな中、ワタクシがじっくり見たのはこの謙信の名言を集めたパネル。

自分は義経に兵法を学んだのだ
人々は平家物語を、ただ昔話として聞くが故に役にも立たない
しかし自分は義経の立場に身を置いて考え、自分に比べるのだ


やっぱりねぇ・・何事も自分の身に置き換えてねぇ・・それ大事よね〜
ものすっごい大幅な一括りにしたらワタクシの妄想と同じだと勝手に喜びw

展示期間終了後の行く末が気になった瞬間
春日山城模型

さっき見てきた春日山城がジオラマになって登場。
鳥瞰図以上にジオラマで見ると直観的にわかりやすい。

春日山城を歩いていなくても、歩いていれば尚さら、
高さや位置関係を含めた城の造りがイメージしやすいもの。
ちなみに立っている旗のようなものには遺構名が書かれている。

よくできているから期間展示の後、春日山城の入り口とか
どこか目につくところに展示するといいのにと思った。

なんだかんだと30分ほど見学して、これで春日山城めぐりは終了。

思いつきで同日2つも山城に登る気にはさすがになれないので、
鮫ヶ尾城はこの次ということにし、今回は高田城に寄って帰ります。

高田城に登城!〜に続く


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