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上田城にリベンジ登城!

日本100名城27番 上田城にリベンジ登城!

昨年の今頃、下調べなく登城したら真田出陣祭りの真っ最中Σ(゚Д゚)!
どこを向いても人!人!人!で櫓見学どころか大手門すらゆっくり見れなかった。
登城した日が悪すぎたと早々に退散し、リベンジを誓って以来、早1年。

にんまりご満悦の瞬間


ワタクシは願ったことや決めたことは必ず成し遂げる執念深い女よw
砥石城から奇跡の生還(?)をしたその足で朝っぱら登城して大正解。
隅っこの方で太極拳やってる地元のおっさん以外、誰もいないブラボー!
今年の出陣は終わったのか真田十勇士の赤い幟旗もぴらぴらしてないしw

リベンジ成就の喜びをかみしめながらの登城


二の丸堀跡のけやき並木も前回は見通すこともできず、
強烈な人ごみの中をとぼとぼ、ただ歩いたものだったもんなぁ・・
延長は約646間(1.163m)。距離感はないけどずっと続いてるのが見える!

二の丸橋ものんびり通れた瞬間


去年のあの混雑ぶりはいったい何だったのだろう・・。
ワタクシあれ以来、上田城人気すぎていつもアレだと思ってたw

走っている人すらいなかった瞬間


二の丸水堀跡も今回は落ち着いて規模を眺められます。
関ヶ原の後、埋められたのを仙石氏がまた掘ったものだそうです。

リベンジ登城した甲斐を感じる瞬間


どーんと構える櫓門を正面からちゃんと見たかったのよ!

上田城は天正10年、幸村の父、昌幸によって築城され、2度に渡って
徳川の大軍を退けたことから、天下にその名を知られるようになりました。

天正13年には徳川8千の大軍を真田軍わずか2千余で迎え撃ち、
奇襲作戦で徳川勢1300人を討ち取り、慶長5年には関ヶ原に向かう
秀忠軍3万8千をたった2千500余の城兵で数日間、足止めします。

関ヶ原の後、上田城は徳川の手によって徹底的に破壊されますが、
真田氏の後に入った仙石氏によって真田時代に近い形で再建されました。

この櫓門は平成6年の復元、両脇の南櫓と北櫓は移築復元されたもの。

遊郭だったなんて信じられなーいだった瞬間


この南櫓と反対側の北櫓は明治の廃城で民間に払い下げられ、
遊郭の妓楼になった後、民家に転用。昭和になってから買い戻され、
この場所に移築復元されたものなんだとか。櫓って・・色気のない妓楼だのw

何に使うつもりだったのか謎だった瞬間


真田昌幸が上田築城の際、太郎山から掘り出して「真田石」と名付けたこの石。
長男信之は移封先の松代に持っていこうとしたが動かせなかったという伝説が残る。

・・・お兄ちゃん。持って行って何する気だったのかw

念願の櫓見学かなった瞬間


南櫓から登って東虎口櫓、北櫓と中を見学することが出来るけど、
前回は門前に負けず、ここもものすごい行列で断念したところ。
しかし今日は家族連れが1組いるだけ。お父さんが小学校低学年と思われる
子供2人と奥さんに一生懸命うんちくを語っているのが微笑ましいw

真田父子も微笑ましかった瞬間


北櫓では真田父子のちょっぴり謎な小芝居風演出も見られます。
右から幸村、昌幸、そして幸村の嫡男、大介ちゃんの新父子3代。
大介ちゃんは九度山で生まれたはずだから上田城で見ると不思議!
信之お兄ちゃんを入れて真田三代でよかったんじゃないのかな??

お約束だった瞬間


梁は見ちゃうよね。建築とか詳しくないけど目が行きます。
古木も年代は色々あるけど密度高そうなどっしりさが落ち着きますね。

あれこれ詳しーく教えてもらった瞬間


石落としを覗きこんでいると人がいなくて暇だったのか、
南櫓の受付から愛想のいい係りのおじさんが出てきて説明してくれました。

高さは6mあるんだよ。この櫓の屋根と同じくらいだね。
そういうところを敵が登ってくるから寸前まで来たら石落とすのよ。
ガラーッと落としてやっつけるんだよね。でもって何人かまとめて来たら、
今度は丸太ン棒をどーんと投げてやってさ、石も丸太もなくなったら
後ろにぐらぐらお湯煮えたぎらせといて上からぶっかけてやると、
甲冑の間にお湯が入ってこりゃもうたまらない、登るどこじゃないよ…

あとさ、その甲冑は20キロあるの。刀差したら25キロだな。
重くってさ、とっても走ったりなんか出来ないんだよね。
刀も切りつけるより振り下ろした重さで切れる方が多いのよ。
あ、それからこの兜はね獅子落としっていうの。
ここほら獅子がついてるでしょ?(と前立てを指す)

おじさんとっても愛想がよくにこにこしながら身振り手振りを交えて
あんまり懇切丁寧に教えてくれるので「へぇ」とか「はぁ」などと合いの手を入れ
思わず、石落としの仕組みを初めて聞くような顔をしてありがたく拝聴w

やはり残念ポイントに遭遇した瞬間


ここまでせっかくワンダフォーな感じだったのに真田神社は改修中Σ(゚Д゚)!
前回はここも参拝客でごったがえし、ワタクシ行列の横をスルーして西櫓から退城。
でも全景が見れなかっただけでスルーする時、横から拝殿はちらちら見たから
これはもう運がなかったとあきらめる。神社のためにリベンジはしませんよ。

前からあったのか分からなかった瞬間


前回は何しろ大行列だったから参道の左側なんて人で一切見えなかった・・
真田魂が宿る真田杉の切株を幸村公がかぶった赤兜でお守りしていますと書かれている。
朱色で六文銭に鹿角の兜。これは大きすぎてイケてないけど、
義と打倒徳川に燃える幸村の赤備えはかっこよかったのだろうなと思う。

ちゃんと見れた瞬間


今回は本丸跡もちゃんと見れました。櫓や神社と違ってひっそりとした佇まい。
仙石時代に積まれた石垣も残っているみたいだけど、
立派な土塁の高さと迫力を感じつつ水堀へ向かいます。

写真がいけてなかった瞬間


いつものことながら実際よりも全然高さが出ないわねぇ。
本丸土塁の上から本丸跡を撮ったんだけど・・思い出の中に記憶ねw

無理だと思われた瞬間


主郭をコの字型に囲む水堀。土塁も高いし幅も結構広い。
平城だからこうしたところの防御にはきっと力を入れたのね。

当時のままだった瞬間


移築されることもなく上田城に現存している西櫓。
本丸の西虎口を固める重要な櫓だったけれど戦の途絶えた江戸時代には、
倉庫として使われていたそうだ。建てられたのは仙石氏時代のこと。

しみじみだった瞬間


崖の上に築かれた上田城。こういう部分は昔のままなんだろうし、
この先に続く尼ヶ淵跡から見る南櫓の石垣も当時のものが修復されたもの。
真田家もなぜか心惹かれる魅力があるし、上田城もいいお城だなと思う。

あたしは違う!と叫んだ瞬間


砥石城に登って足疲れてたけど、せっかくだからと思い
物好きに10分歩いて幸村の銅像があるという上田駅前へ。

六文銭があちこちあるのは当然として、戦国BASARAビジュアル系幸村の垂れ幕が
これ見よがしにどどーんと駅出口正面にかかっているのはどうなのよ?

と思いつつ幸村の銅像前に着くと携帯片手に写メ撮りまくる歴女さんが2名。
撮った写真を見せ合い、また撮り、何だか知らないけど超フィーバー中Σ(゚Д゚)!
あたしはBASARAや無双の武将なんて思い描いてないわ!と自己確認しつつ、
とても終わりそうにないので声をかけ、瞬撮して退散してきましたw



念願の上田城リベンジも終わったところでいよいよ川中島!
と行きたいところだけど一人じらしプレイ・・じゃなくって
川中島で時間食いそうな予感がするので次は荒戸城に向かいます。


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2010.10.05 Tuesday 20:16 | - | - | 中部(長野県) | 

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2020.02.14 Friday 20:16 | - | - | - |