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武田氏館(躑躅ヶ崎館)に登城!

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日本100名城24番 武田氏館(躑躅ヶ崎館)に登城!

15番の足利氏館もそうだったけど、館っていまいち上がらない・・。
丸ごと寺とか神社になってるっていうのがピンと来づらかったりするのよ。

早く着きすぎた瞬間


100名城スタンプは9時前後に開くお守り売り場か宝物殿に置いてあるのに、
7時過ぎに到着してしまったΣ(゚Д゚)! ゆっくり見ても時間が余る。

人の少ないうちに中を見て回り、信玄の正室 三条夫人のお墓がある円光院に行くことにします。

神社には似合わなかった瞬間


疾如風 徐如林 侵掠如火 不動如山 

侵略すること火のごとし・・神社にあると物騒な旗ですわw

薪能が見たかった瞬間


大鳥居を超えると左に能の舞台である甲陽武能殿が見える。
甲陽とは甲斐の国の輝く様を表している言葉なのだそうだ。

アドレナリンは出なかった瞬間


「毘」の旗を見て無駄にハッスルした春日山神社と違って淡々と参拝Σ(゚Д゚)!

ワタクシはなぜか信玄にはグッと来ないの。信玄のすごさもわかるし、
武田家臣団は魅力的だけど、比較に意味はないけど謙信のが好きだね。
戦国大名や武将を好みの順に並べてもトップ10圏外・・なんでだろ?

今回は武田ゆかりの地を巡る旅路。信玄に萌えない理由が分かるかもしれぬw

観光ポイントじっくりだった瞬間


社務所の前にある姫の井戸と水琴窟。普段は観光さんでにぎわってそうな。

姫の井戸は信玄の息女誕生の際、産湯に使用された事から名付けられ、
京からの賓客を迎える時には茶を立てるのにも使われたそうだ。
延命長寿、万病退散のご利益があるというので一口いただきw

水琴窟は江戸時代文政期に作られたもの。地中に甕が埋めてあり、
水を流して水滴が落ちると甕の中で反響し琴のような音がするというもの。

京都のお寺で見たことあるけど並ぶのが嫌で実際に聞いたことがなく、
今回、初水琴窟視聴。どらどら・・・澄んだ硬質な音が聞こえました。

観光さんには人気がないと思われた瞬間


武田氏館は永禄16年(1519年)信玄の父、信虎が石和館から躑躅ヶ崎に移り、
背後の要害山を詰め城として整備。信虎、信玄、勝頼と甲斐武田家が3代
約60年に渡って居城した本拠地。今は武田神社になっている1辺200mの主郭と、
囲むように配置された曲輪で構成された平城で、館の周りには家臣の屋敷が、
南一帯には格子状に整備された城下町が広がっていたそうだ。

社務所の前を出てこんもりと木が茂った土橋を渡ると西曲輪。
土橋の左側は神社の周りを囲む水堀。右は空堀になっています。
西曲輪は草木が多くて神社敷地内と比べるとかなり風流な様子。
西曲輪はノーマークだったので空堀の深さとかだけ見て終了Σ(゚Д゚)!
隅の方に古い石碑があったけど何だかよくわからなかった・・。

せっかく信玄の居館として残ってるだから西曲輪ももう少し
ちゃんと整備してくれるといいのに。荒れはてた印象すぎ。

いきなり大手門だった瞬間


社殿向かって右(東)の方に旧大手門。西曲輪は堀で区切られているのに対し、
縄張図を見ると東曲輪は主郭の一部になっていて独立して存在しておらず、
水堀にかかった橋を渡り、大手門を入るとすぐ主郭部にΣ(゚Д゚)!
しかも南側に城下町があるのに大手門は東っていうのも変わってる気が。

・・・人は石垣、人は城、人は堀だから「あり」なんでしょうかw

馬出しがあって安心の瞬間


大手虎口の前には武田氏以降に築かれた石塁が復元されています。
この下に信玄の頃の丸馬出しと三日月堀が発掘されているという。
館とはいえ足利氏館とは違って戦国らしい防御が見えるのはいい!

発掘に基づいていた瞬間


何段かが発掘で見つかって復元されたもの。大手門の外側には惣堀と土塁で
囲まれた曲輪があって、大手虎口を防御していたのだそうだ。

職人さんがんばっていた瞬間


職人さんが来て何やら作業開始。朝8時前からご苦労様です。
復元された土塁を見て実際の高さはどのくらいだったかしら。

きれいに整備されていた瞬間


北側土橋と惣堀、土塁はきれいに整備されていました。
写真を撮っている位置から右手に土塁の沿って堀が曲がってめぐり、
この北側虎口周辺はとっても雰囲気があって神社を忘れるw

何年か後に再登城したいと思った瞬間


南側はまだ発掘途中。立ち入り禁止だけど何の発掘してるか
所々案内板みたいのが置かれているので見てみたかったけれど
ワタクシは案外モラリストw ブルーシートでどうせ何も見えないからあきらめる。

ここが完全に発掘・復元されると武田氏館跡として
もっともっと見応えが出そうなのでそしたらまた見に来たい。

だいぶかかりそうだった瞬間


ただし・・21年度のだけど工事範囲図を見る限り、
桜の写真が貼ってある南側は何も書かれていないから発掘開始直後で
まだしばらくはブルーシート状態が続き、復元は相当先だと思われる・・・

ここまでゆっくり見ても8時過ぎ。スタンプと宝物館までまだ1時間もある。
そこで車で5分ちょっと。 またそのすぐ近くの信玄のお墓に行ってみることに。 →その時の模様はこちらから

ようやく開館だった瞬間


お墓2つを見てきても行って帰って40分Σ(゚Д゚)!
神社の駐車場に再び車を停めて20分ほど瞑想し9時と同時に宝物館へ。
入り口で存在感を放ちすぎる石造りのキティちゃんがとっても謎だ!

写真撮影は禁止だった瞬間


館内は撮影禁止なのでせっかくだから看板を撮影しておいた。
実物は看板写真のとおり地の紺も金字もかなり色あせているんだけど、
想像よりもっと大きく、戦場で何本も翻っていたら迫力だったろうと思う。

其疾如風、其徐如林、侵掠如火、難知如陰、不動如山、動如雷霆

其の疾きこと風の如く、其の徐(しず)かなること林の如く、
侵掠すること火の如く、知りがたきこと(隠れること)陰の如く、
動かざること山の如く、動くこと雷霆(らいてい)の如し。

風林火山の旗は信玄より200年前に北畠顕家が使ったのが最初と言われている。
孫子の6つの例えの中から2つを抜いて語呂よく戦いで士気が上がりそうなところ・・・
風林火山の4つを選んで軍旗にしたあたり、すごいセンスだわ〜と思う。

塩山市の雲峰寺ではもっと色の濃い保存状態のよい孫子の旗が見られるという。
恵林寺に行く時にはぜひその旗も見てみようと思った。

恰幅がよかった瞬間


信玄ってやっぱり「動かざること山の如し」を地で行ってる印象。
宝物館は撮影禁止だけど、この信玄像は記念撮影OKになっている。
隣に孫子の旗がチラッと入ってるけどわざとではないΣ(゚Д゚)!

てか冷静に考えるとフラッシュ焚くかもしれない撮影OKな銅像の隣に
貴重な品を置いて大丈夫なのか、ちょっと心配になったり・・・
他の人のブログ見ると宝物館のお宝普通にアップしてる人結構多いのよね。

しかしワタクシはモラリストw あとでじっくり見たい気持ちはあるけど
撮影禁止、立ち入り禁止と言われたら見学のルールはちゃんと守ります。

宝物館内には他に新羅三郎義光以来、甲斐源氏の惣領武田氏の家宝として相伝された
「盾無の鎧」や「武田二十四将図」「信玄像」「日の丸の軍扇」などがあり、
300円で高いという人もいるらしいけれど、ワタクシは見れてよかったと思う。

一番良かったのは妻女山に置かれた「毘」の紙旗が見られたことΣ(゚Д゚)!
でかい旗でね〜 太い筆で書かれた「毘」の文字がかっこよくてね〜

やる気満々なリアル堀だった瞬間


人は石垣、人は城、人は堀、プラス、リアルな堀でさらに安心w
堀の幅は15m以上はあると思う。居館とはいえ城郭っぽさ満載。
要害山とセットで武田本拠地と考えればいいんだな・・と思って勝手に納得w

なんで白鳥?だった瞬間


あひるかと思いきや、その優雅な姿は白鳥。説明版があり読んでみると
何だかの記念事業だか助成金だかで購入して放された白鳥なのだという。
こぶ白鳥のしんちゃん、はくちゃん、ハッピーちゃん、やまちゃんの4羽が
いるらしいけれど2羽しか見られなかった。餌をやってるおじさんがいて、
人に慣れているのか水際に立つとスーッと近づいてきてかわいいの!

西曲輪も整備されることを願った瞬間


西曲輪の虎口に続くみその橋。天守台を見忘れたことに気づいたけど
立ち入り禁止の噂も聞くから復元整備の終わった数年後また来てみればいいかとw

円光院と信玄の墓から戻って宝物館とスタンプゲットにだけ寄ったので
時刻はまだ9時半。この後は甲府駅で信玄像を見て甲府城に向かいます。

甲府城に登城!〜に続く


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2010.10.21 Thursday 20:46 | - | - | 中部(山梨県) | 

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2020.02.14 Friday 20:46 | - | - | - |