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2020.02.14 Friday  | - | - | - | 

杉山城に登城!その1

[古戦場] ブログ村キーワード

中世城郭の教科書と言われる杉山城に登城!

やっと見つけた瞬間


比企城館跡群として国史跡に指定されている杉山城。
でもワタクシのナビでは出てこないから隣の玉ノ岡中学校を設定したのに、
まったく反対側に連れていかれ、変なお寺に迷い込んでしまったよ。

お墓詣りの地元のおばさんに「杉山城はどこですか?」と聞いたら
「杉山城ならすぐ近くでここから見えるんだけど・・」いいながら
通りへ降りてきてくれたおばさん、突然、我に返ったような調子で


あらっ・・でもなんにもないわよ!?


いただきましぁぁぁぁぁーーっ!! 「何もないわよ」のお言葉!!
初めて生でそのせりふを聞いてちょっと感動。本当にそう言われるんだねw
「お城めぐりをしてるので城跡を見に来ました」と説明したら、
「まぁ〜素晴らしいわね!!」と杉山城を指さしてくれました。
こんなにバッチリ全景が見えちゃって・・全く逆側に来たようだΣ(゚Д゚)!

おばさんに教わった通り道を走って無事、玉ノ岡中学校にたどりつき、
学校の角を曲がって積善寺境内に到着。狭い急坂を上がって車を停める。

いざ登城の瞬間


駐車スペースのすぐ前が大手口。ここから素晴らしい縄張をめぐります。
ちなみに今日は縄張図の他、ペンも持参でやる気まんまん。書き込みながら廻りますよ。



【案内板抜粋】
この城は戦国時代の築城と推定される典型的な山城です。
総面積は8ヘクタールに及び、山の高低差を利用して巧みに
10あまりの郭を理想的に配置しています。まさに自然の要害と呼ぶに
ふさわしい埼玉県でも屈指の名城と評価されています。

ちなみに杉山城は私有地で所有者の方の理解があって公開保存されてて、
玉ノ岡中学校の生徒たちがボランティアで色々手入れをしてくれているんだよ。

期待が高まる瞬間


横矢の掛かった大手虎口。グーッと曲がらないと中には入れない。
曲がった先に大手門があったんでしょうね。想像力をフル稼働していきます。

ごりごりにディフェンス重視だった瞬間


馬出しの空堀くっきり!! 特に深いとか広いとかじゃないけど、
直線じゃなく考えてめぐらしてある感じがひしひしと伝わってきます。

直進禁止だった瞬間


馬出しから南三の郭をつなぐ土橋が見えます。
あもがいる外郭と馬出しは丸太でつながっているけれど
当時はここに木橋が架けられていたそうです。

思い浮かべた瞬間


南三の郭側の案内板イラストではここに門があり、横矢の掛かった南三の郭の虎口に冠木門が、
そして郭内には小屋と高い井桜の絵が描かれていた。荒砥城が思い浮かぶ。

靴ひもを締めなおした瞬間


南三の郭と外郭を隔てる空堀。あちこち横矢が当たり前の杉山城。
縄張図を見る限り、基本的に直線移動はできない構造なので、
お城の規模は大きくないけど結構、歩くことになりそうです。

横移動しか許されなかった瞬間


南三の郭は通ってきた馬出しからの土橋、奥が南二の郭に行く食い違い虎口、
西側に横矢の掛かった虎口から帯郭の井戸跡とつながっている。でも直進は禁止よ。

杉山城は中世城郭の教科書と言われるほど高度な縄張を持っているのに
文献や資料には一切記載がなく、築城年もはっきりしないミステリアスなお城。
杉山問題といって後北条の戦国後期説と扇谷上杉氏の戦国前期説で議論されてるそうな。

しかしワタクシは学者じゃないので大雑把に戦国時代で想像していくことにしますw

S字の勢いだった瞬間


南二の郭の食い違い虎口も横矢。メインコースには玉ノ岡中学校の生徒さんの手で
ウッドチップが敷かれてて、あったかい感じがするというか、何だかかわいいのw

小さな平場イコール虎口受だった瞬間


土塁と空堀に囲まれた南二の郭 東虎口は虎口受が見られます。
当時は先の東二の郭と木橋でつながっていたと考えられているそうです。

方向転換と迂回を強いられる瞬間


こっちが南二の郭 西虎口。南二の郭の目の前は空堀を隔てて本郭。
だけど直接は入れない。この西虎口から井戸曲輪へ出て迂回しないとだめ。
基本、直進禁止。杉山城は横移動しか許さないのです。

徹底ガードだった瞬間


井戸曲輪から本郭を見たところ。案内板のイラストでは井戸曲輪と本郭は
ずいぶん高低差があって内部はどうやっても見えない感じになってます。
今に見る実際はイラストほどじゃないけど、それでも広からず深からずの
空堀の向こうの本郭の方が高い。当時はここも木橋が架かっていて、
石を貯めておく場所とともにその跡が発掘されているそうな。

山椒魚の産卵場所だった瞬間


井戸曲輪を出て本郭北虎口を目指しつつ、井戸跡を見に行きます。
杉山城で確認されている井戸跡はこれひとつだけなんだとか。
地山が岩盤なので現在でも水が一年中染み出ていて、
春先にはサンショウウオの産卵場所になるんだってΣ(゚Д゚)!

たいして広いお城じゃないんだけどジグザグくらいの勢いで
歩かされている上、そこら中が見どころだから超充実w

リアルならとっくに死んでるか、ハリネズミで瀕死だろうけど、
バーチャル攻城のワタクシはこれから元気に本郭を目指しますw


〜杉山城に登城!その2に続く



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2011.02.10 Thursday 23:04 | - | - | 関東(埼玉県) | 

滝の城に登城!

[古戦場] ブログ村キーワード [北条氏照] ブログ村キーワード

地味に・・・滝の城に登城! え?知らないって?

滝の城は埼玉県の所沢市にある北条氏照の持ち城だったお城。
埼玉県民のあもは近くを通ることも多く前から気になっていたので、
中途半端に予定があって遠方に行けない休日を使って行ってみたw

案外わかりやすかった瞬間


国道463号線から1本東京よりに入った道沿いに入り口看板があり、
そこを曲がるとほどなく城の入り口となるこの看板が。なんて親切!
車は先に進んだお寺の境内に止められるので置いてまた戻ってくる。

けっこう盛り上がってた瞬間


マイナーなお城わりにこんなに盛り上がった感じなのは
ひとえに滝の城址保存会の方々の熱心な活動のおかげ。
北条氏照公の持城って控えめなアピールがかわいいw 
居城じゃなくたっていいわよね、北条のお城なんだから。

いきなりお出迎えだった瞬間


幟旗の後ろはいきなり見事な二重堀。写真では見えないけど、
奥に向かってずーっと堀が続く様子に期待が高まります。

がっつりだった瞬間


同じ場所からこれから向かう二の曲輪入り口方面を見る。
これまた写真だとわかりづらいけど深さもそこそこあるのよ。

いざ登城の瞬間


滝の城は室町時代に関東管領上杉氏の重臣大石氏が築いたのが始まりとされる。
後に八王子城主北条氏照の持ち城になると滝山城の支城として機能し、
北関東に出陣の際には一旦この城に入って向かうこともしばしばあったそうだ。
自然の地形を利用した6万6千屬諒浸馨襦E契18年の豊臣秀吉による小田原征伐の際、
浅野長政らに攻められ落城。少数で城を守るため南側の攻撃に備えていたところ、
手薄な北側から攻め込まれて持ちこたえらず、あっと言う間の落城だったという。

ここから入ると二の曲輪。縄張図は現地でもらえると聞いていたので、
今回は事前チェックで概要だけ確認して印刷した図を持たずに登城。

ちょっぴり残念だった瞬間


写真では見切れている左の方が二の曲輪で広いスペースがあり、
あものを含めて何台かの車が止まっていたので全景は撮れなかったんだけど、
高さ2mくらいの空堀がぐるーっと囲んだ様子はそりゃ見事!!
写真は二の曲輪から三の曲輪方面を見たもの。堀を超えた右に見えるのが本丸。
ここからはどちらにも行けるけど、まずは三の曲輪に向かうことにします。

その前に・・だった瞬間


おっと危ない!! 縄張図をもらうのを忘れるところだった!
保存会の方が設置したありがたい案内板についた三つ鱗のポストの中にあるはず。

どれどれ・・・・な、ないじゃん!!Σ(゚Д゚)!ガビーン

保存会の方たち〜補充お願いしますよぉ・・・。

あてにしていた縄張図がなくなり、見どころコンプリートが難しくなった。

自分の勘だけが頼りだった瞬間


配布しているやつはケバも入っていて大手とか搦め手とか物見櫓とか、
滝の跡とか井戸跡とか馬出しとかもちゃんと書かれてあるからいいんだけど、
案内板に貼ってある縄張図は簡略化されていて曲輪しか書いてないの。
こうなったら自力でそれらしいものに目をつけていくしかないわね・・。

気を取り直して出発の瞬間


まぁ、しょうがない・・・土橋を渡ってまずは三の曲輪に向かいます。
左側には馬出しがあって、当時はここから橋をかけて本丸に渡ったとか。
土橋の両脇は深い空堀で戦国の城らしいやる気満載な雰囲気がぷんぷん。

珍しく上手く撮れた瞬間


土橋から外側にある空堀を見ると何とまぁきれいに残っている!
すごいな〜と思って念入りに這いつくばりかけながら撮ってみたら、
いつもよりずいぶん土塁の凹凸が分かる写真になりましたw

野趣あふれていた瞬間


三の曲輪は氏照が在城の時にはここで家臣と茶の湯を楽しんだことから
別名茶呑み郭とも呼ばれていたそうだ。広さは360屬任覆なか広く、
土塁と深い空堀に囲まれていて・・深いとこは5〜6mくらいはあったかしら?
案内板からずっと奥に進んで堀底(今は遊歩道)を見下ろしてみたり、
空堀を挟んで向こうの本丸を見ると中世の城郭って感じがひしひし。

今日は調子がよかった瞬間


三の曲輪周辺でも空堀を眺めてうっとり・・滝の城どこを見ても土塁と堀だらけ。
それがあまりにくっきりはっきり見事に残っているから、中世城郭の縄張を
勉強中のあもでも間違いなく気づけて、その凄さもとてもよくわかる。
あものしょっぱい撮影でこれだけ写るのも元がよすぎるからに他ならないw

右ばかりみていた瞬間


三の曲輪の東側にある遊歩道。右側が三の曲輪で左は外郭。
今は竹藪になっているけど当時は外郭の方にも土塁が続いていたという。
この遊歩道が意外と長く、右手に見える曲輪の土塁や空堀を見ながら
えっちらおっちら降りて行き、当時は敷地内であった運動公園に出る。
公園沿いから見える土塁は補強されているらしく色気のない土止めが。。

ついに本丸の瞬間


公園沿いの遊歩道を歩いて、今は城山神社が建っている本丸跡へ。
鳥居をくぐり、その先に続く数十段の石段を登っていきます。

どこを見ても堀だった瞬間


本丸跡の神社に向かう階段の途中で見る堀。右側が本丸。
奥は広い堀底なのに始めのあたりはV字なのね。深い深い空堀。

思ったよりずいぶん立派だった瞬間


想像してたのはもっと小さな神社だったけどなかなか立派な・・。
記帳ノートが置かれていて、見ると遠方からも結構人が来ている様子。
左奥に見える赤い旗のあたりは今は稲荷社が建っている主郭の櫓台跡。
最初に通ってきた土橋のあたりを狙えちゃうポジションみたいなのよね。

後ろは土塁だった瞬間


城址碑と案内板の後ろは40〜50僂らいなのかな・・土塁があった。
せっかくだからちょっと失礼してロープを超えて奥に行き、
さっき石段の途中で見た堀底まで結構な高さがあるのを確認。
急な斜面になっているのであもにはちょっと怖かったけれどw

もう1つあった瞬間


城址碑や案内板から少し下がった位置に石碑がもうひとつ。
赤字が不気味なさっきの城址碑よりこっちのが品があっていいわねw

虎口わかりづらかった瞬間


社殿の真裏にあるので縄張図もないあもは危うく見逃すとこだった。
何気な〜く社殿の裏に廻って偶然見ることが出来た四脚門跡。
発掘の結果ここにはかつて四脚門があり、主郭の虎口になっていたとか。
ここと始めに通った馬出しへ引き橋を架けて行き来していたのだそう。

心霊スポットかと思われた瞬間


本丸を出て来た石段を戻り、今度は搦め手口方面から二の丸に向かう
七曲りと呼ばれる坂を上っていきます。土塁と鬱蒼とした木々に囲まれ、
昼間なのに街灯がついているくらい薄暗い場所。実際はもう少し暗いの。
右側の鳥居が稲荷神社で左側の常夜灯が見えるところは石仏が並ぶ・・・

なぜこんなところに!?だった瞬間


二の丸外郭の土塁斜面の途中におもむろに置かれた不動明王。
薄暗いところで何の脈絡もなく突然、ちょっと怖いんですけど・・・

もっと怖かった瞬間


不動明王と少し離れたところに形成されたグループがまた怖い!
そしてこの中にもまたまた不動明王が・・首がない石仏もまた不気味。
何の説明書きもなかったけれどかなり古いみたい。夜とか絶対来れない。

お約束だった瞬間


赤い樹液の出る松の木が埋まっていたことから「血の出る松」と呼ばれた黒松が
植わっていた場所。その松はすでに枯れて伐採され、今は石碑が立っている。
城にまつわる伝説でありそうな話だけど、この七曲りは雰囲気あるからなぁ・・。

と、ここまでは縄張図なしで頑張って見どころを廻れたと思うけど、
井戸跡と滝の城の由来となった滝跡がどうしても見つけられない!!
目を皿のようにして見ていたから曲輪の中じゃないのかも・・・。

しかしいくら遺構の残った部分が小さいとは言え、外郭を含め、
やみくもに歩くとなるとそこそこの労力がいりますわよ?

執念が偶然を呼んだ瞬間


曲輪の中にはどう考えても絶対になかったと自信満々に決めつけ、
井戸だからまるっきし外郭の方でもないだろうと曲輪の周辺をうろうろ・・
二の曲輪から七曲りを挟んだ城の南側になる端っこで見っけ!
執念深く探した割に特別な由来など知っているわけでもないΣ(゚Д゚)!

普段は蓋がしてあって敵が来た時に蓋を取ると霧が立ち込め、
城を隠しちゃうっていう・・川越城的な伝説があったのかもね。

井戸よりもっと見たかった城名の由来にもなった城内の滝跡は
縄張図なしではどうしても見つからず、歩き疲れたついにリタイア・・。

帰ってきてからネットで縄張図を確認したら、な、な、なんと、
三の曲輪から長い階段を降りたら本丸跡の神社方面ではなく
遊歩道を反対側に歩いていったところのはずれにあることを確認Σ(゚Д゚)!
縄張図ないからそっちは都市化された部分だと思ってノーマークだったわ。

滝の城、土塁や空堀が本当にきれいに残っていて素晴らしい。
こんな近くにあるのなら冬枯れの時期にも見に来てみようと思った。
花見スポットの評判は聞かないけど桜も結構あったから春もよさそう。
夏は蚊とか蜂とかすごそうだから遠慮しておこうと思うけれどw

遠くからわざわざ来るのは周りにイケてる城がないので難易度高いかもだけど、
近くに行くことがあったらぜひ足を延ばして寄ってほしいと思うお城でした!


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2010.11.02 Tuesday 21:23 | - | - | 関東(埼玉県) | 

岩槻城に登城!

地味に・・・岩槻城に登城!

関宿城逆井城行こうとしたらナビが真横を案内するんだもんw
こりゃ〜わざわざ来るに及ばぬと思って急遽、登城決定!

ひっそり地味すぎた瞬間
岩槻城黒門

城址公園になっている岩槻城跡。元はといえば自分のいた場所なのに、
移築された今じゃ広い公園の隅っこにひっそりと佇む岩槻城の黒門。
長屋門形式の現存だけど、どこの門か不明だというから気の毒だわ。

地味度、上には上がいた瞬間
岩槻城裏門

裏門と呼ばれている移築門。やっぱりどこの門だか不明なんだって。
不明なのに移築って・・・いったいどっから持って来たのよ?
はなから見るつもりで行かないと、うっかり見逃しそうな目立たなさよ。

悲壮感さえ感じた瞬間
岩槻城裏門の裏側

廃れていく美学とか滅んでいくものの美しさとかあるけれど、
これは違うよね・・・裏門のその裏側そうとう傷んでいる感じよ。
教育委員会もうちょっと頑張った方がいいのでは、と少し思う。

ちょっと想像しがたかった瞬間
岩槻城城郭図

岩槻城は太田道灌が築城したと言われ、上杉方の重要拠点とされていましたが
後北条が勢力を拡大すると争奪戦の舞台となり結果、北条家の直轄となります。
近隣の城が北条によって落とされる中、反北条を貫いていた太田資正が、
留守中、北条に内応した息子の裏切りによって追放されるという幕引き・・。
その後、城は大改修されるも小田原の役で2万の軍勢に囲まれ降伏開城しました。
江戸時代には高力清長が2万石で入り、以来、幕府要職に就く譜代大名が入封しました。

岩槻城は岩附城とも言われ、戦国時代に何度も名前が出てくるお城。
城郭図を見ると沼地を利用した城の敷地はずいぶん広かったみたいだけど、
今、城址公園として残ってるのはこの図の右端の方の部分だけ。

時の鐘、住宅街にこれまたひっそりだった瞬間
時の鐘

岩槻ではお菓子の名前にもなっている有名な時の鐘。
1671年に当時の城主、阿部正春によって鋳造されたそうだ。
今の公園からはけっこう離れている時の鐘を見に行って、
当時の岩槻城の広さが思っている以上であることを体感。

本丸跡は車で通っただけだけど公民館やスーパーになってるし、
他の場所も都市化が進み、ほとんどは普通の住宅街Σ(゚Д゚)! 

戦国時代に名前がかなり出てきてもそれなりのドラマがなかったり、
有名な武将がいたりしないと案外、そんなもんだよね。さみし。

岩槻城の行く末が心配だった瞬間
新曲輪碑

遺構の少ない岩槻城唯一といっていいくらいの遺構ゾーン近辺。
それを示す「新曲輪」の碑がゴミ集積所の目印的な感じにΣ(゚ロ゚;)!

・・とはいえ所詮あもはより道の身。気を取り直して行きますわ。

唐突に白鶴城址碑どーんだった瞬間
白鶴城址碑

ゴミ集積所の目印的にされていた新曲輪の碑から降りていくと、
「ふるさと散歩道」と名づけられた空堀がすぐに見えてくる。
ごっつい空堀地帯を後回しにして城址碑のある鍛冶曲輪跡へ。

白鶴の吉端により築城されたと言われる岩槻城の別名は白鶴城。

それはいいけど何の脈絡もなく城址碑がどーんのポツーン…やっぱさみしw

沼の名残りと言われてもピーンと来なかった瞬間
岩槻城沼の名残り

・・・池ですよ。ワタクシには普通に池。変な橋があるから余計に。
でも城郭図を見ると城の周りは全部、こんな感じだったのよね。
沼に囲まれ背後は元荒川、そして北条の総構え・・強そうな縄張ではあるw

妙に派手派手しかった瞬間
岩槻城八ッ橋

遺構は隅っこに追いやられて地味なことこの上ないのにw
8つの折れがあるから八ッ橋なんだって。でも城とは関係ないらしい。
水辺の風景としては赤が映えてとっても美しいけどね。

ふるさと散歩道で満足の瞬間
鍛冶曲輪空堀

城址碑の後にわざわざ池へと周り、最後まで取っといた空堀ゾーン。
その名もこだわりの「ふるさと散歩道」ね。犬の散歩がいないのはラッキーw
地味だ地味だといいつつ馬出しなんかはちゃーんと残っていたり。

残念ながら分かりづらかった瞬間
岩槻城障子堀

北条さんお得意の堀障子なんかも残っているんだけど
残念ながら・・・エッΣ(゚ロ゚;) 土管って何よ状態w
案内板なかったらうっかり見逃しかねない危うさよ。

おかげでよーくわかった瞬間
岩槻城堀障子

高さ90って…ずいぶん思い切って埋めちゃったのねぇ。
おまけに土管まで・・・てか、ほんと土管って何よ?
畝の再現だとしたらあまりにしょっぱすぎる!! 
せめてもうちょっとでかい土管つかえばいいのにw

空堀の深さはとても堪能できた瞬間
空堀

新曲輪と鍛冶曲輪の間にある空堀は楽に3メートル以上あるこの深さ!!
当時はもっと深かっただろうから・・などとしばらく佇んで妄想する。
ふるさと散歩道ブラボー!! 数少ない遺構、この先も大切にしておくれ。

背後からの侵入は不可能だった瞬間
岩槻城近くを流れる元荒川

本来の目的は関宿城と逆井城のため岩槻城はそろそろお暇。
城を出てほどなく背後を守る元荒川を車で渡ったので信号待ちにパチリw
当時の流れとは違っているだろうけど川幅そこそこあるし水量も多め。
城の背後が守られている様子は城郭図を思い出すとよくイメージできるな。

小田原の役の時、どう攻められて降伏開城したのか、
岩槻城についての詳しい経緯をワタクシは知らないし、
縄張を見て色んなことを読み取る力もまだないけれど、
小田原やられちゃったから的な感じだったのかと思う。
そんなに簡単に攻めこまれちゃうようには見えなくて。

ま、何にせよ、行きがけの駄賃で岩槻城登城ラッキー!
次は本来の目的地である逆井城に向かいます。(まだ朝8時ww)



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2010.09.14 Tuesday 21:46 | - | - | 関東(埼玉県) | 

忍城リベンジ登城!

リベンジ完了だった瞬間
忍城

前回はあいにくの雨で萎え萎えだった忍城にリベンジ!!

天気はばっちり。いつ来ても人はたいしていやしないw
雪景色はありだけど、城姿は雨とか曇りはありえない。

東門もばっちりだった瞬間
忍城

前回とはまるで見違えるようw
この前は萎え萎えでろくに写真も撮らなかったけど、
今回は周囲もぐるりとゆっくり見て回りましたw

もう再登城しなくて済むと思われた瞬間
忍城 時の鐘

今回はルート上にあったから再登城リベンジしたけれど、
郷土博物館の特別展示「忍藩主松平家と東照宮」も見たくて。

忍藩と言えば老中7人も出してて地味だけど幕府にとって大事な家。
歴代藩主の書画を見ると、まじめで賢くて品が良くて・・って感じw

何気に徳川家康が幼少期に書いたという「春夏秋冬花鳥風月」と
練習した手習いの書なんかもあったりしてちょっとお得。

忍城内の郷土博物館の特別展示は結構、あなどれないのよ。

ハチに注意の張り紙にデリカシーがなかった瞬間
伝進修館表門

藩校の表門だったという移築門は忍城の中でも見どころの一つなのに
「ハチに注意! くまばちが屋根に巣を作っています」の張り紙が('A`)

気遣ってくれるのはありがたいけど、雰囲気が台無しだよぅ。


朝5時に起きて精力的に巡った今日は1日に4城で帰宅は2時。
無理してこの際、川越城岩槻城にも・・と思ったけれど、
それは関宿城と次回のお楽しみということに。一人運転睡魔辛い!!


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2010.07.19 Monday 21:38 | - | - | 関東(埼玉県) | 

菅谷館に登城!

[畠山重忠] ブログ村キーワード

鉢形城から国史跡、比企城館跡群の菅谷館に登城!

物好きだった瞬間


菅谷館跡なんて超〜マニアックw 埼玉の地味な城跡(結構数はある)を見るワタクシ物好きですw

ここは鎌倉武士の鑑と言われた畠山重忠という立派な武士の居館だったと言われているところで、
戦国時代も北条家が使っていたそうな。畠山さんは鎌倉時代の武士で源頼朝の信頼が厚かった御家人。
立ってる旗はなぜか「菅谷城跡」となってますが、「菅谷館跡」が正式だと思うわ。

まめだった瞬間


無料駐車場の入り口は搦め手にあたります。搦め手門の幅は4間もあったそうです。
車で通過しちゃってじっくり見れないので、車を停めて戻って見てみましょう。

なかなかの規模だと思われた瞬間


さっきのは駐車場の中から見たところだったけど、入り口の側を見るとこんな感じで空堀があって、
奥の土塁と手前に盛られた土塁、通路になっているところは土橋になっていたようです。

行き届いていた瞬間


写真を撮った位置が違うんだけど菅谷館の縄張はこんな感じ。国史跡になってるせいか、
整備もされてるけど案内板とかも充実していて、あちこち郭の入り口にこういうのがあるの素敵!

貴重だった瞬間


まずは右手の方の三の郭方面。「武士や騎馬の集合地として利用されたのでしょう」という案内が。
・・・まぁ時代が古すぎて縄張とか詳しいことは分からないというのが本当なのかもしれません。
ただ吾妻鏡には二俣川の合戦に畠山重忠が「菅谷館」から出陣したという記録があるそうなので、
ここに畠山重忠の居館があったのは事実で、それが今も貴重な遺構として残されているんですね。

虫除け必須だった瞬間


三の郭はかなり広いけど、周囲をずーっと土塁が囲んでいます。でもこの辺はただそれだけと言う感じで
鬱蒼とした森の中風なのでヤブ蚊やらハチやらが結構とんでて怖いですね・・蛇はさすがにいなそうだけど。

ディフェンス重視だった瞬間


蔀(しとみ)土塁というものがありました。こういう土塁を作っておいて曲輪の中を見通せないように、
すんなり進めないようにしてるそうです。西の郭から三の郭が見通せないようになっていたみたい。

厳重だった瞬間


三の郭から西の郭に渡る木橋が復元されていました。この先が西の郭。縄張図を見ると西の郭には
大手門があったようで、そのため直接三の郭が見えないように蔀土塁を築いたりしていたり、
木橋を渡って三の郭を迂回しなければ本郭に行けないような構造にしていたみたいです。

国蝶には会えなかった瞬間


雑草がぼうぼうで本来は木橋の下は深い空堀になっているようだけど全く何だかわかりません。
この辺りは蝶々のオオムラサキがいるらしく、そういう意味で城と無関係に有名らしいですw
橋を渡ってしまうと本郭の方に行けないので、ここでいったん戻って畠山さんの銅像を見に行きます。

今となっては単なる広場だった瞬間


三の郭に戻ってから今度は二の郭に来ました。二の郭をつっきる形で通過して本郭に至るようです。
二の郭は本郭を囲むように配置された郭。三の郭とは3mから6mもある土塁で隔てられています。
右奥に見える城址碑と案内板のところから先が本郭の入り口、畠山さんの銅像もここにあります。

整備が行き届いていた瞬間


あちこちで縄張図が見られて、どこにいるか現在地も場所ごとに示してくれてるので親切。
館跡自体は自由見学なのでパンフレットとかないけど、これは分かりやすくてよいです。

思いをはせる瞬間


畠山重忠さんは鎌倉時代の武士で源頼朝の信頼が厚かった御家人で武蔵七党の一つとして
先日登城した千葉城の千葉常胤さんと共に頼朝を助け、木曾義仲追討では先陣を務めてこれを破り、
義経に従って平氏討伐にも参戦。文武両道で忠誠心の厚い坂東武者の見本のような素敵な武士なの。

ヤブ蚊に刺されながらも畠山重忠さんの銅像をねっちり眺めているワタクシ。
どこに行ってもだいたいこんな感じで、前から後ろから下から脇からガン見が常ですw

なんとかしてほしかった瞬間


ただね・・銅像の作りもバランスも悪いから前のめり気味で紐につられちゃって残念・・(ノд-。)
昭和4年(1929)に造られた竹筋コンクリート製(!)なんだって・・・いい加減やばいでしょ。
菅谷館跡は国の史跡。でも銅像は町指定文化財なんだとか。寄付でも募って早く直してほしいわ。

万全のセキュリティだった瞬間


でわ、いよいよ本郭に突入します!畠山さんの居館があっただろうと言われているところです。
本郭はひときわ高い土塁と深い空堀に囲まれ、南方は南郭を置いて都幾川に面する絶壁になってます。

ダイナミックだった瞬間


本郭に入るところの空堀と土塁がこれ。右手が本郭。ボーボーの雑草に相当盛られてますけど、
空堀はかなり深い感じ。幅も広いしね。本郭側にめぐらされた土塁の高さと合わせると相当よ。

完全に時期を間違えていた瞬間


本郭側から見ても土塁はこれだけ高いの・・これだけの規模の土塁や空堀がメインだから
本当は冬枯れの時期に来て雑草に盛られてない本来の規模を体感する方がよかったかもしれない。

それでも貴重さはかわらなかった瞬間


本郭の内部・・広いですw 本郭は二の郭と南郭と接していてどちらも高い土塁で囲まれています。
本郭の説明にはなかったけれど、三の郭などからは掘立柱建物跡などが見つかっていると言います。
戦国よりももっと古いから掘立てなんでしょうけど、畠山さんの居館跡とか見つかったらロマンだw
ただし、現在残っているこの菅谷館の縄張は畠山さんの頃とは少々違うそうなのですが・・

埼玉県立歴史資料館 ※写真が小さいのは気にしないでw
埼玉県内の城資料ごっそり

県立だけあって建物は立派!!展示ブースは案外狭いけど入場しなくても県内の城跡資料がごっそりもらえる。
素敵!ワタクシこれをいただいて杉山城跡には是が非でも行かねばならぬと思いました。

ガチ聞きした瞬間
畠山重忠くん

展示室入り口にて。大鎧に坂東武者の風格漂う畠山さん。目の前に立つとギシギシ音をさせながら
身振りを交え、話を聞かせてくれる。誰もいない展示室・・・せっかく話してくれるのに何だか悪くて、
畠山さんの一代話、ついつい最後まで聞いてしまったΣ(゚Д゚)! 人望の厚い御家人だったと言われる
畠山さんらしく、北条氏に騙し討ちされた非業の死について自らは何も語らなかったのが逆に泣ける。


畠山重忠さん好きなので、ワタクシは後日、畠山重忠公史跡公園にも行っています。
そのうち横浜市旭区にある重忠公ゆかりの地も絶対に訪ねてみようと思っています。


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2010.07.16 Friday 22:13 | - | - | 関東(埼玉県) | 

鉢形城に登城!

灯台もと暗し・・・いつでも行けるシリーズで後回しにしていた鉢形城。
土曜の朝、起きたらお告げがあったのでふら〜っと行ってみた。

日本の100名城18番 鉢形城に登城!

形城三の曲輪に到着の瞬間
三の曲輪

さすが中世城郭では県内随一の規模を誇る鉢形城跡・・・でも広すぎ!! 

周囲をぐるぐる廻ってみたけど駐車スペースが見つからず、
遠いの覚悟で資料館のある休憩所に停めてエッチラオッチラ・・
普段、まったく歩かないあもにはとーっても辛い!!
森の中・・虫はぶんぶん飛んでくるし、森を抜けたら超暑いし。

でも本で見ていたこの風景を見たらちょっと嬉しかったわw

復元門をくぐって噂の石垣拝見!の瞬間
鉢形城三の丸

四脚門・・よいじゃあないですか。
あもには完全復元なのかまではよく分からないけれど、
中世戦国ど真ん中って雰囲気はあるのかなぁと思ったり。

本と同じ構図で撮ってみた瞬間
鉢形城三の丸

今回はちゃんと本を見て撮影ポイント調べておいたからね。
使い方は知らないくせにカメラも一丁前のミラーレスに変えたしw

青い空に城・・まぁ正確には門と石垣だけど良く映える。
夏の城巡りは嫌いだけど城の明陽の部分が写るからいい!!
枯れ木枯れ草の中に佇む暗陰な感じも捨てがたいのだけれど。

木橋も復元されちゃってた瞬間
馬出の木橋

二の曲輪と三の曲輪を結ぶ空堀にかかる復元木橋。
二の曲輪の方は大きな空堀がぐるーっと囲んでいます。
堀切も結構な高さがあって堅固な感じがよくわかります。

地味に池などもあった瞬間
三の曲輪の池

小さい池なんだけれど。しゃがんで石垣を見越すと大きく見えるw
池の後ろには堀立柱建物の復元建築(休憩所)があるのだけれど、
新しい風満載で四脚門に比べるとあまり風情がないのが残念。

井戸跡もあった瞬間
三の曲輪 井戸

建物のすぐそばには井戸。もちろん穴はあいてないけどw
違和感あるから「もしや復元の枠いらないのでは?」なんて思ったり。

広い馬出 今となっては一面の草原だった瞬間
馬出

馬出って出陣の時は兵が集合したりしたんだってね。
門とかの出入り口でモタモタしないで済むメリットもあるし、
虎口を守る機能もあったんだって。資料館の受け売りw

靴ずれを気にしつつ、城跡の図を眺めた瞬間
鉢形城跡の図

駐車場から森の中歩いちゃったからね。
履きなれないスニーカーで歩いたら靴ずれして痛いの・・。
元気に歩けるうちに本丸跡は絶対見ておきたいから
図最左の伝逸見曲輪は断念。歩け歩けでさっさと本丸方面へ。

こんなとこでも諏訪神社!だった瞬間
諏訪神社

基本、城とセット的な感じでやはりw
赤があんまり映えるので思わず撮った1枚。
靴ずれ制限でさすがに先には行けなかったけれど。

やっとの思いで本丸跡にたどりついた瞬間
本丸跡

びゅんびゅん走る車を横目に靴ずれ気にしつついざ本丸跡へ!
正確に言うと「伝本御殿曲輪跡」にある鉢形城本丸跡の碑なんだけどw

・・・Σ(゚Д゚)!イヤー! 思ったよりいっそうしょぼい!!
石碑オンリー寂しすぎる!! ここも発掘調査しましょうよ・・。

こうなったら堅固な感じだけは見たい瞬間
本丸跡から見える荒川

切り立った崖・・・高い!! 荒川の急流というやつもよく見える。
これじゃ、こっち側から攻めるのはヘリでもなけりゃ無理よね。
防御に優れているっていうのがとても分かりやすい地形。

笹曲輪の石垣も頑張ってみた瞬間
笹曲輪の石垣

靴ずれに根性振り絞り、すぐ隣に続く笹曲輪には行ってみる。
一部しか残ってないけどあもの好きな石垣は何だかいい感じ!

痛み限界の靴ずれを引きづりつつ振り出しに戻った瞬間
大型休憩所

来た森の中をヨロヨロ引き返し、深沢川を渡って駐車場にたどり着く。
車の中に常備してある絆創膏を貼って、あも奇跡の復活w
北条紋のかかったやたら立派な休憩所を尻目にいざ資料館へ!!

城スタンプを押すのだー!!
外曲輪 資料館

三の曲輪近辺も頑張ってたけど資料館もやけに立派よね。
この中に「日本の100名城」スタンプ「18番鉢形城」がある。
スタンプを無事にゲットして200円払い、資料館の中へ。

土曜日だというのに誰もいなかったので、大音量で恥ずかしいけど
3Dでよみがえるバーチャルシアター的な鉢形城の説明を全部見てしまったw
たいした資料はないけど鉢形城の仕組みが詳しく説明されててよい!

鉢形城登城が終わり、靴ずれから奇跡の復活を遂げたところで、
せっかくだから近くのあまりイケてない城にも寄ることを思いつき
登城のお伴、マイ城手帳を出して車の中で涼しく登城先をチェック。

・・・松山城かぁ。また軽く山だし。靴ずれやばくない?

ふと隣を見ると、城めぐらーらしきおじさんが
真剣な顔で日本の100名城の本を手にナビを検索中。


負けられない・・


と意味不明に自分を奮い立たせ、山じゃない菅谷館跡へw

張り切って行ってきますw


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2010.07.15 Thursday 20:53 | - | - | 関東(埼玉県) | 

忍城へ登城そして古墳に墓参り

県内や近郊のお城は「いつでも行ける」などと思ってしまい、つい後回しに。
しかしその考えが、いまひとつ城めぐりが捗らぬ原因。

…だって埼玉から近いとこは、いまいち垂涎の城がないんだもの('A`)

という堕落した考え方が根底にあることも忘れてはならないw

最近、昼休みに立派な城めぐらーの方々のサイトをじろじろ見て、
モチベーションを上げつつ、その根性を見習わねばと思い始めた。

エッΣ(゚Д゚)! あんな城址碑しかないとこでも行っちゃうのか…

城跡と呼べないような場所といえど、そう思ってはいけないのだ。
その地に立つ・・そういう登城もあるんだよね。

で、今年は近郊も積極的に廻ることにし、鉄は熱いうちにで・・・

忍城に登城!
忍城

着いた途端、雨が降って、超〜〜ブルーなんすけど・・・。
城巡りをしていて雨に見舞われるのは初めてでテンションダウン。
城と言ったら青い空でしょ。明るくないと新緑映えないでしょ。

と思いながら濡れそぼりつつ、写真撮るのに根性で傘たたみw

これは御三階櫓。天守閣として機能していたらしい。
最後に中の展示を見に行きます。

足はさっさ駐車場に向かっていた瞬間
忍城門

忍城は小田原攻めの頃、石田三成が水攻めにしても
落ちなかったことから、「落ちないのは水に浮いているからだ!」
そして別名「忍の浮き城」と呼ばれるようになった。

城の近くには石田三成が水攻めの際に築かせた石田堤が残っていて、
写真を見ると何の変哲もない土手だけど晴れていれば歩きたかった。

雨でテンションが下がっておざなりな瞬間
忍城

いつもはガツガツ写真を撮るのだけれど、
今回はどうもモチベ上がらずお愛想で数枚…。

何よ、空の色と同化しちゃってさ…。

行田市ホームページより
行田市HPより

ほらぁ。行田市ホームページに載ってる写真はこんなだよヽ(`Д´)ノ

・・・ちっ、この角度からだったかw

あたし、今後は写真の角度も下調べしてから行こう・・・。

伊勢桑名から持ってきたという鐘
忍場内の鐘

除夜の鐘として鳴らされるらしいけれど場内の片隅にひっそり・・。

御三階櫓の中の展示室は撮影禁止のため載せるものがないけど、
ちょい古めくらいの資料から弥生時代まで幅広いラインナップ。
鎧なんかも展示されていて、そこそこ楽しめました。

ついでにお墓参りもしちゃった瞬間
さきたま古墳 二子山古墳

・・・地味Σ(゚Д゚)!

さきたま古墳群は小学校の社会科見学で来て以来。
忍城から近いので、誰の墓だか知らないけれどついでに寄り道w

小学校の頃から古代に歴史ロマンを感じられなかったあも。
まんが日本の歴史を読んでいる頃から卑弥呼には愛着がなかった。

でも大人になったし、前より少しは・・・

と思ったけれどやっぱり何の感慨も感じられず。残念!

目指せ!世界遺産登録だった瞬間
さきたま古墳 丸墓山古墳

さきたま古墳、世界遺産登録を目論んでいるそうですよ。
でも観光客が爆発的に増える気はしないけれど・・・。

忍城攻めの時、石田三成が本陣置いたというので妄想だけ軽くしとこ。


【今日の教訓】

今年は近郊の地味なところもちゃんと廻ること
雨が降ってもモチベ高く頑張ること
写真の下調べと腕前を何とかすること




2010.05.01 Saturday 22:11 | - | - | 関東(埼玉県) | 
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